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2010年8月31日 (火)

夏風邪

朝から、迷わず、局の冷房を入れた。

午後になり、くしゃみが何度もでて、鼻水を拭き吹き、仕事した。夏風邪かと思った。ゆうべ、腹を出して
ねただろうか、と考えてみた。
はたと気づいた。冷房のせいだ。見れば、いつもより2度ほど、低めに設定されている。冷房で風邪をひく
ということがあるのだな。
温度設定を2度、上げた。夕方、局を出ると、風邪は治った。

が、すぐ、近所のスーパーへ走り、アイスをたくさん買い込み、5個、6個と食べたのであった。

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2010年8月30日 (月)

手による歯ブラシ

夕方、床屋へ行こうかと思ったが鏡を見ると、すっきりまとまっているように感じた。主観だ。
が、デジカメで、撮ってみても、すっきりしているので、やはり、床屋はまだ早いと断定した。
二月前、二千円の床屋へ行って、まだもつのだから、男の頭とは、安いものだ。

9 歯ブラシ

は・み・が・き・じょうずかな~ しゃかしゃかしゃかしゃか、上の歯、下の歯、奥歯、前歯、仕上げは、
おかあさん。

隆は、長いこと電動歯ブラシを使っていた。馴染みの歯医者に勧められたからだ。6年くらい、
それを使っていた。その間、3度ほど、買い替えた。

だが近頃になり、どこかの雑誌の記事に、「ほんとうは、手で、歯ブラシを使って磨くのが
一番良いんです。」という、歯医者のコメントを見て、あくる日から、手で磨くことにしたのだ。

歯を手で磨くようにしてから、3ヶ月ほどしてから、歯医者に行った。前歯の下の角がささくれて
いるのを朝、発見したからだ。舌の先で触れると、ざらざらしている。
なんか・・歯がぼろぼろ崩れていくような病気では、ないかと隆は、心配したのだ。

歯軋りですね、と歯医者は言い、前歯の角を丸めてくれた。
で、その時、歯医者は「歯の磨き方は、これでいいです。もう少し、奥の方も磨いてください。」
その後、歯周病の心配がないとは、言えないので、来週また来てください。という話があったのだ
が注目すべきは、「歯の磨き方は、これでいいです。」という言葉だ。

54年の人生の中で、歯医者にこの言葉をもらったのは、初めてだった。
隆は、感動した。陸上の100mハードルの県大会で、金メダルをもらったような気分だった。


つづく          かもしれない

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2010年8月27日 (金)

物差し30cm

9 物差し

30cmの物差しは、痛い。
中学生の頃、学習塾に通っていて、その塾の先生が宿題をやってこなかった生徒に
罰として、掌を30cmの竹の物差しで叩いたのだ。
罪の重さに応じて、回数は違っていたが5回程度だったのでは、と思う。非常に痛かった。

その塾で教わっていたのは、数学で、私の最も苦手な科目だった。先生は、私の
中学校で、バスケットボールのコーチをしていた。夜は塾の先生なのだ。
今時の学校は、体罰は厳禁なのだろうが彼の物差しで掌を叩くのは、見物する側に
いる分には、楽しかった。
わいわい言いながら、見ていた。「物差し10回。」などと、先生が言うと、一同大うけの中、
罪人は、進み出て、勇敢に掌を差し出す。

初めの3回くらいは、涼しい顔で物差しを受けるのだが5回を過ぎると、顔が仁王様のように
歪み、腰が引けてくる。最後の二回は、体全体が逃げていながら、手だけは、先生の前に
出しているという、精神の離れ業を見ることになる。

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2010年8月26日 (木)

怪談蚊取り線香 第3章

茂吉は七十七歳になった。店は息子から、孫へ引き継がれようかという時期だった。
そして、茂吉の頭の上の蚊取り線香は、ようやく燃え尽きようとしていた。

「やっと、これで俺も、あの世へいける。思えば幸せな人生だったなあ。この蚊取り線香には、
福があったらしいな。祟りじゃなくて、お菊さんの贈り物だったのかもしれない。」
茂吉は、次第に衰弱し、床に伏せるようになった。

頭の上の、蚊取り線香は、中心の目が残るのみとなった。これは、もうあれだな、と親族一同、
茂吉の枕元に集まった。
その時、部屋の隅の暗がりから、お菊の亡霊が現れた。

「おや、茂吉さん、まだ生きておいでだったかい。案外、もつもんだね、やっと消えるところかい。では、」
と、お菊は新しい蚊取り線香に火をつけると、それを茂吉の頭に載せた。
「それが燃え尽きる時があんたの命の尽きる時さ。ふふふふふふふ」とお菊は消えた。

あれっ、困るよお菊さん、やっと死ねるって時に・・・・・・・・なんだか、体があったかくなってきた。・・・・・・・・・・・・・・・・元気が出てきた。
ひと月も経つと、茂吉は、床を出て、飯を食べ始めた。三月もすると、禿げた頭は、黒髪で覆われた。
一年後には、十九の娘を後添えに迎えた。
「もう五十年、楽しむぞー。」茂吉は、吠えた。

がなぜか、家運は、次第に傾き、6年後には、氷屋は、倒産し、茂吉は無一文になった。女房には、逃げられ、一家離散となった。
50年後、茂吉は、あばら家の中で、煎餅布団にくるまり、真冬の隙間風に耐えながら、ひとり、死を迎えていた。
頭の蚊取り線香は、中心の目に達し、最後の煙を盛大に上げていた。

「思えば、あれだ。お菊さんが最初に俺の頭に載せてくれた、蚊取り線香は、左巻きだったんだな。左巻きの
蚊取り線香は、きっと、燃えながら福を呼ぶんだろう。
つぎにお菊さんがくれた蚊取り線香は、右回りだった。右回りは、逆に福を逃がすんだ。貸し借りなしってことだ。ふふふ」
笑うと、茂吉は、息を引き取った。

右回りの蚊取り線香と、左回りの蚊取り線香がある。右回りのものを裏返すと、左回りのものになるのである。

終わり

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2010年8月25日 (水)

怪談蚊取り線香 第2章

町の噂は、ある者が笹司の屋敷の裏手を通りかかったところ、柳の根方に若いお女中が
しゃがんで、哀しげな顔で、蚊取り線香に赤い火をつけていたと言うものだった。
そのうち、私も見た、俺も見たということになった。

茂吉という男がいて、氷を手押し車に乗せて、商っていた。
その夏は、昨年にも増して、暑い夏で、彼の商いは、繁盛していた。
茂吉がお得意様である、笹司の屋敷に氷を届けようと、裏木戸から屋敷に入ると、井戸の側に、みかけぬ
女中がしゃがんでいた。
女中のしゃがんでいる所は、大きな松の陰の中だった。女中の姿は、淡い光の粒で出来ているように見えた。
「毎度お世話になります。氷を届けに参りました。」と、頭を下げ、女中の顔を見た茂吉は、青ざめた。

それは、一年前に死んだはずのお菊の顔だった。
お菊は、一巻きの蚊取り線香に火をつけると、それを金具に刺して、立ったまま硬直している茂吉の頭に載せた。
「その蚊取り線香が燃え尽きる時があんたの命の尽きる時なんだよ、茂吉さん。」お菊は、そう言って、陰の中へ消えた。

「なんで、俺が祟られなきゃならねんだ。」茂吉は、そう思った。3日ばかり、長屋の部屋に閉じこもって、
呻いていたが女中菊の蚊取り線香は、案外長持ちした。やがて、腹が減った。ご飯は、食べなければ、とまた、氷を売り歩くことにした。

頭の上に蚊取り線香を載せながら、氷を売り歩くのもどうかと、思ったが意外にそれが人気を呼び、
氷は、飛ぶように売れた。
茂吉の氷屋は、繁盛して、やがて、従業員も雇い、所帯を持ち、子宝にも恵まれた。頭の上の蚊取り線香は、
まだ、煙をあげていた。茂吉の家では、夏でも蚊取り線香は、いらなかった。万事、節約に努めると、家運は
ますます盛んになった。

つづく

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2010年8月24日 (火)

夏の怖いお話Ⅱ

8  怪談蚊取り線香

端に火とつけると、蚊取り線香の渦巻きは、回り始める。

それは、古来、除虫菊の葉から、作られているという。しかし、一方で、「女中菊」がその語源だとする
説もある。

その昔・・江戸時代、さる旗本の屋敷に女中として奉公する娘がいた。名前をお菊と言った。
気立てがよく、気働きもよくするところから、主、笹司 権衛門(ささつかさ ごんえもん)の
幼い一人息子、寿丸の世話をするようになった。寿丸は、お菊によくなつき、一日中、「お菊、お菊」
と言っているかのようだった。

だがある夏の、それは蒸し暑い晩、お菊は、寿丸を寝かしつけたあと、蚊取り線香を焚くのを忘れてしまう。
翌々日、寿丸は、急に高熱を発し、駆けつける医者の到着を待たず、息を引き取ってしまう。
マラリアであった。
あの晩、お菊が蚊取り線香に火をつけなかったため、寿丸は、悪い蚊に刺されたのだ。お菊のせいでは、なかった。
その年の猛暑のせいで、南方の蚊が北上していたのだろう。

しかし、寿丸の遺骸をかき抱いて、半日、号泣してから、顔を上げた権衛門は、正気を失っていた。
お菊を手打ちにして、裏庭の井戸になげこんでしまった。
そして、寿丸の一周忌が終わる頃、笹司の屋敷の裏庭に、夜な夜な、お菊の亡霊が出るという噂が拡がった。

つづく

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2010年8月23日 (月)

金色の鍵5個

体重が70キロの大台を超えてしまったので、水を飲んで減量に努めているのだが
冷蔵庫にアイスクリームを見ると、貪り食ってしまう。
ジジババがどこかから、買ってくるのだ。
 
部品が揃った、ということで、大仁から鍵屋さんが来て、金庫に新しい鍵を取り付けていってくれた。
グラインダーを使ったり、ドリルを使ったりして、1時間あまり、かかって、取り付けた。
最後に、金色の鍵を5個、束ねたものを置いていってくれた。それを手にすると、金色の鍵は、
ぶつかりあって、涼しい音を出した。

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2010年8月22日 (日)

黒縁眼鏡の時代

「バイク」を削った。

休みながらだが午前と午後とやった。削ること自体が楽しい。作品の出来は、別問題だ。

次の作品のアイディアをスケッチブックに描いてみた。描いてみると、楽しい物が出来そうな気がする。
出来てみて、どうかは、別問題だが作っていて、楽しいもの、わくわくするものをやりたい。

次は、木以外の素材を使うかもしれない。ベースは、木だが。針金とか、それに類するものだ。それと、
色を塗る。
最近、私が作っている物は、美しくない。美しいものを作りたい。芸術は、美しいものだ。


6  黒縁眼鏡

15歳の時、眼鏡をかけることになった。とてもいやだった。
掛けた眼鏡は、黒縁眼鏡だった。体育の授業で、グラウンドへ出たら、遠くで動いている生徒たちの
白いシャツの、しわがよく見えた。眩しい白さだった。

それから、日ならずして、眼鏡を落として、割った。また、黒縁眼鏡を買った。その3日後、学校の帰り道で
廃屋の鉄骨から、錆びたチェーンがぶらさがっていたのに興味を持った。
チェーンが鉄骨に引っかかっているフックを見上げながら、チェーンを揺すってみたら、フックは即座にはずれて、
落ちてきた。眼鏡を直撃して、レンズが割れた。
そして、また、黒縁眼鏡を掛けた。

メタルフレームを掛けた時期もあったがあれは、なんか、固い、顔につける物では、ないと思う。セルロイドの眼鏡は、肌触りがマイルドだ。それに、ネジが滅多にはずれない。
なぜ、メタルフレームのネジは、じきにはずれて、つるが取れたり、レンズがはずれたりするのだろう。

私が寝ている間、黒縁眼鏡は、机の上か、椅子の上に置かれている。

が、寝ている訳ではない。やつは、宿命のライバル、メタルフレームと壮絶な戦いを繰り広げているのだ。
私が眠ると、黒縁眼鏡は、起き上がり、メタとゆうべの続きから、戦いを始めるのだ。

メタの目的は、地球征服で、白血病の美少女、ひろ子ちゃんを人質にとり、地球大王を宣言する。
そんなもの、認めるものか!と、黒縁眼鏡は、メタに戦いを挑む。
メタは、焦点焼き尽くしビームと、鋼のフレームキックで、黒縁眼鏡を激しく攻め立てるのだ。黒縁眼鏡は
苦戦するのだがあと一撃で、やられる、意識が霞んだ時、メタルフレームのネジが一本はずれ、つるが
取れてしまう。
メタは、動けなくなり、「無念だあああああああ。だがこれで、終わったと思うなよ。千年後に
メタルフレーム軍団が母星キリキリヒネリから、やってくるのだ。その時こそ、おまえが死ぬ時だ。そして、
地球は、我々メタルフレームのものになるのだ。あはははははははははははははは・はあ・あ・あ」
ぐしゃっと、黒縁眼鏡は、メタルフレームを踏み潰した。

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2010年8月19日 (木)

さらば、俺の壁

5  壁

昔、酔って、ひとの家の塀をよじ登った男がいた。「壁だ。壁だあ。この壁を越えなくちゃ。」と、呟きながら、
塀を越えて、庭へ落ちた。

私には、壁は、高すぎた。厚過ぎた。硬すぎた。

それで、私は、ロープで壁を背中へくくりつけて、背負ってでかけることにした。

西を目指して、私は歩いた。灼熱の夏だった。夜になると、壁を背中から下ろして、壁の上に寝た。
夜でも、気温は、下がらなかった。それでも、昼間に歩くよりは、夜歩いたほうがましだろうと思った。

日が高くなり始めると、私は、大きな石に壁を立てかけて、その影で,寝た。そして、夕方になると、
再び、壁を背負って歩いた。「壁よ、いつから、おまえは、俺の壁だったんだろう。」

コスモスが咲いた。それでも、灼熱の夏は、続いた。

彼岸花が咲いた。見渡す限り、一面に。それでも、猛暑は、続いた。

やがて、海に出た。私は、一艘の舟を拝借して、壁といっしょに沖へ漕ぎ出した。壁は、重く、舟は、沈みそうになりながらもなんとか進んだ。
私は、力一杯漕いだが舟は、ごくゆっくり進んだ。

舟の縁から、海水が飛び込み、次第に船底に溜まった。私は、両手で、水を掬い出しては、漕いだ。
急に、空が暗くなり、はるか彼方から、矢が飛んでくるように、風が通り過ぎた。

すると、海は、白い波の大群に覆われた。舟がひと揺れすると、水がザッと、舟の中へ飛び込んだ。
「壁と死ぬか。」と思った時、私は、壁を海中に抛り込んだのだった。

「さようなら~俺の壁え~」

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2010年8月18日 (水)

銀色の頑固者

命からがらの今日この頃、
夜、左手をスケッチした。楽しく、夢中で30分書いたが一息ついて、眺めてみると、へただった。
自分の手は、動くからいかん。見るたびに違って見えて、惑わされる。


5   クリップ

クリップは、頑固者だった。憤然と座って、動かなかった。
ハンガーストライキをやっているのだ。ハンガーストライキという言葉は、近頃聞かないが断食して、何かに抗議することだ。

クリップは、長いこと、荒野に胡坐をかいて、ハンガーストライキをしていた。荒野だから、誰も見ていない。
聞こえるのは、風の音。見えるのは、向こうの青い山。

雨が降り、山は紅葉して、やがて冷たい風が吹いた。ハンガーストライキ中のクリップは、雪に埋もれた。雪の中は、暖かかった。
雪が溶け、草が青くなって、風に揺れた。それでも、クリップは、口を真一文字に結んで、ハンガーストライキを続行するのだった。陽射しは、槍のようにクリップを射した。クリップは、銀色に輝きながら、座り続けた。
彼の頭には、前と後ろに、ひとつずつ目があった。前から見ても、後ろから見ても、憤然と座り込むクリップだった。

彼のハンガーストライキを見たのは、私だけだった。クリップが何に抗議していたのか、わからない。

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2010年8月17日 (火)

夜は、局の中で本を読んだ。

熱帯夜にあり、気がつけば虫の声が聞こえ、コスモスは、風に揺れている。空は・・・・見てないが
たぶん、入道雲はないだろう。
猛暑の中、着々と秋の準備はなされている。じきに、彼岸花が咲くのだろう。なんか嫌い、あの花。
扇風機は、唸る。ゼロ戦のように雄雄しく回転している。


4 デジカメ

デジカメは、思った。「ぼくは、四角くて、不器用だけれど、倦まず弛まず歩くんだ。」
すると、ケータイは言った。「僕さえあれば、テレビも見れるし、ゲームもできるし、ネットにも
つながるし、時間もわかるし、デジカメもいらないのさ。電話もかけられるし。」

デジカメは、ぎくっとしたがそれは、ケータイに悟られることは、なかった。デジカメは、感情が表に出にくい
タイプだった。
「つまり、君の能力は、私の能力の本の一部分で間に合ってしまうのさ。デジカメくん、君の時代は終わった。
ご苦労さん、あははははははは」とケータイは笑った。

デジカメは言った。「じゃあひとつ、君と僕と駆けっこをしようでは、ないか。あそこの山のふもとの神社の鳥居が
ゴールだ。勝った方が時代の勝者だ。」
「あはははははははは、君と僕が勝負だって、何てこと考えるんだいデジカメくん。お笑い草になるから、その
挑戦、受けてあげよう。よーいどん!」

ケータイは、あっという間に、山のふもとへ向かって、消えてしまいました。
デジカメは静かになったので、寝転んで夢を見ました。どんな夢だったんでしょうね。

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2010年8月16日 (月)

触れるもの全て

太ったせいで、腕時計がきつくなった。
15年前、信州から、こちらへ戻る折、工芸会の方々からいただいたものだ。なんべんか、電池を替えた。
電池を替える周期がだんだん短くなり、ついに一年しかもたなくなった去年、オーバーホールに出した。
時計屋のおばさんは、よくこんな古い腕時計してる人があったもんだぐらいなこと、言っていた。が、こればかりは、買い物依存症の私でも、買い換えるわけには、いかない。
オーバーホールをしてもらった。

チェーンソウが不調で、近所の農機具屋の初老のご主人に見てもらった。その時、彼も「こりゃあ、古い型だねぇ。
いまどき、珍しいよ。」と言った。
俺より、あんたの方が時間の経つのは、早いだろ。と内心思った。それにしても、たいして使ってない。自分では、
まだ新品のつもりだったチェーンソウがすでに、買ってから10年あまり経っている。
俺は、歩くタイムマシーンか。触れるもの全てを老化させてしまう男。きらわれっぞー

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2010年8月15日 (日)

胡散臭い小説家

午前中、ずっと本を読んだ。
半日も本を読んでいると、気分が悪くなる。読んでいたのは、「永遠の0」今はまっている百田の本だ。
5冊読んでみて、この人、いい意味でも悪い意味でも、うろんなとこがあるな。

自分の足で歩かないで、資料を読んで、本を書くところがあるようだ。絵を見ながら絵を描く、というのと
似ている。
「リング」という、ファイティング原田のことを書いた本は、ほとんどがボクシング雑誌に書かれていることで、新鮮なものは、なにひとつない。取材は、していないと思う。

「永遠の0」に関しても、アマゾンのレビューを見ると、「この本の9割は、他人の本からの引用だ。」という批判がある。
とは、言え、彼の本は、ほとんどがおもしろい。本はおもしろければ、それでいい。
彼は、泣かせるのも、上手だ。「永遠の0」を読んでいて、なんども泣いてしまった。アホクサと思いながら、泣いた。
小説家というのは、そういうもので、胡散臭い職業なのだと思う。長年、放送作家で鍛えてきた百田氏は、昨今珍しい、うろんな作家だ。

中学の国語の先生が「小説とは、作り話だ。」と口癖のように言っていた。彼は、私の学校生活の中で、数少ない、好きな先生の一人だった。おそらく、自分で小説を書いていたのでは、ないかと思う。
百田の「風の中のマリア」は、好きだ。

午後、「バイク」を削った。冷房に効いた局の中で、やった。
70キロになった。減量しよう。

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2010年8月12日 (木)

あのノート

朝方、雨が降った。
通り雨のように、激しく降って、サッと上がった。

昼にも、激しい雨が降った。台風の影響らしい。そして、あすから3連休だ。今夜、早く寝られたら、明日は、朝から、バイクに乗ろう。

大瀬崎を回って、松崎へ行き、風呂に入って、仁科峠から、土肥の峠、戸田峠を通って、帰ろう。

昼休みに近所のデイリーストアで、お菓子とアイスクリームをたくさん買ってきてしまった。惣菜も買った。
それを夕方から、ひっきりなしに食べた。欲求不満か?当たり前だ。当たり前だのクラッカー
70キロに達したら、また控えるさ。

土曜日は、まじめに、「バイク」を彫る。絵も描く。
長野県で暮らした13年間の記録を書きたい。でも、あんまり覚えてない。日記も書いていなかったし。
荒井工芸時代のノートは、ある。品物を作る時の作業手順だの、染料の調合の仕方。塗料と溶剤の
比率。岩絵の具に混ぜる、ミルクカゼインの事などを記録してある。
産業スパイのように、盗んでいた。純粋に懸命だったのだな。

でも、あのノート、どこにあるのかな。

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2010年8月11日 (水)

手口

局の金庫の鍵がしぶくて、鉛筆の粉を入れてみたのだけれど、いまいち改善されなくて、
「鍵が開かない」でネットを検索してみた。
そうしたら、妙なブログの記事に行き当たった。

その人が会社から、夕方、自宅へ戻ったら、妻や子供たちが玄関の前に立っていた。ドアの鍵が開かないのだ。
自分でも、やってみたがどうにも開かないので、ロック救急センターのような所へ連絡した。

しばらくすると、業者がワゴン車で登場した。業者は、七つ道具を使って、ドアの鍵を開けようとするが苦戦する。
「ドライバーでこじ開けようとした痕がありますね。」泥棒に狙われたらしい。
業者は、どうにも開かないので、「別の手口を使いましょう。」と言って、ワゴン車から、別の道具一式を持ってくる。業者が取り出したものを見たとき、筆者は、衝撃を受ける。

「しばらく、背中を向けていてください。警察の指導などもありますんで。」と業者。筆者は、背中を向けたが「その道具を見れば、何をするのかは、一目瞭然。」と呟く。
筆者の背後で、物音がして、みごと鍵は、開いた。

その夜、筆者は、眠れなかった。あれで、鍵が開いた事がショックだったという。「こんなこと、誰にも話せないし、もちろん、ここにも書けない。あれを中国窃盗団とかが知ってしまったら、どうなるんだ。」

私は、この話が気になって仕方がない。どういう手口なんだ。

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2010年8月10日 (火)

真夏の怖い話

1小銭

机の上のプラスチックのカップに小銭が入れてある。手で持つと、ずしりと重い。
出かける時、この小銭を一握り右のポケットの中へ入れ、左のポケットに札入れを入れて出かける。
自販機で、冷たいお茶を出すのに、ポケットから小銭を出す。バイクのガソリン代は、700円程度だから、
これも、ポケットの小銭を使う。

それなのに、部屋へ戻ると、私はポケットの中から、一掴みの小銭を出し、机の上のカップへ入れる。
ジャラリ    カップの小銭は、10年経っても、増えも減りもしないのだ。


2 ヘアブラシ

ヘアブラシは、ピンク色で、いつも机の上に、仰向けに寝ている。ヘアブラシが女性だとしたら、無様である。
眠っているのか、天井を見ているのか。

眠っているなら、どんな夢をみているのだろう。 
ヘアブラシは、18年前に生まれた。多くのクローン達と、ほとんど同時に生まれた。クローンたちは、ヘアブラシと寸分違わず、考えている事も全く同じだった。彼らは、お互いが父であり、母であり、兄弟であり、姉妹であった。
「あの頃は、にぎやかだったな。」
と、思っているのだろうか。あの頃、一緒に生まれた、親族たちは、どうしているのだろうか。箱に入れられ、出荷されて以来、とうとう誰と再会することもなかった。

ヘアブラシの見る夢は、親族のことなのだろうか。だが彼らは、一人で10万人のクローンなのだ。寂寥はない。
誰が焼かれたか、誰が北朝鮮の浜辺に転がっているか、誰が廃屋の床に寝ているか、彼は知っている。
ヘアブラシの見る夢は、乙女の長い髪を梳く夢に違いない。それは、ウインドサーフィンで大海原を滑っていくような、スノーボードで長いスロープを疾駆するような夢だ。

ところで、ピンクのヘアブラシは、夜中に、寝返りを打ち、ブラシを脚にして、走り回るのだ。

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2010年8月 9日 (月)

気づけば虫の声

夕方、金庫の鍵の合鍵を作ってもらいに、バイクで大仁まで行った。
道は、下り線が混んでいた。もう世の中は、お盆の雰囲気なのだろうか。私のお盆は、3連休だ。

扇風機が首を振っている。なんか、震えながら、首を振っている。これも寿命かな。気がつけば、秋の虫の声がする。父は、明日、月一度のゴルフへ行く。人のこの世への執着とは、恐ろしいものだ。
あれでも、父は、自分が段々、今まで出来ていたことが出来なくなっていくことを意外に、淡々と受け入れているように見える。

ゴルフは、同年輩の仲間、数人でやっている。脱落したくないらしい。一日おきくらいに自転車を漕いでいる。84歳。

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2010年8月 8日 (日)

眠くなる

夜になり、雨が降っている。
少し、涼しくなった。日曜日の朝とて、本を読んでいると、眠くなる。仕方なく、歯を磨いて「バイク」を
彫り始めた。30分ほど、やった。

襖絵の「ミノタウロス」に手を加えた。背景に木の葉をたくさん描いた。夕方、もう少し「バイク」を彫った。
うまくいっていると信じて、丁寧に彫り進めれば、良い作品になるのではないかと思う。

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2010年8月 7日 (土)

猛暑でも、腹はひっこまない

いくらか涼しくなったらしい。
午前中は、バイクで戸田を通って、一回りした。伊豆半島の西海岸は、行楽客が少なく、静かでよろしい。

夕方、「バイク」を少し、いじった。あすは、これをやろう。

これだけ暑いのに体重が減らない。ご飯は、そんなに食べてはいない。かと言って、食欲が減るわけでもない。アイスクリームと、チョコレートを遠慮なく、食べている。今、69キロで、全く減っていない。

腹が出ている。局へ見回りに来てくれる駐在さんも、お客さんも、この猛暑の中、ふうふう言いながら、腹は、
へっこまない。
ふうふう言いながら、みなさん体調は、いいのでは、ないか。

うちの年寄りたちは、閉めきらないで、エアコンを使うという、贅沢なしのぎ方をしている。父の厚生年金は、いくらあるのだろう。
月々、20万円も年金が降りてくる、となれば、ミイラと同居も厭わない、というのも人の世か。

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2010年8月 6日 (金)

レモン色のネーブルに思う

今夜は、いくらか暑さもマイルドな気がする。

今夜は、部屋の中で、足を描いた。描いていて、楽しいので、絵も少しずつ良くなっているようだ。

冷蔵庫から、ネーブルを二つだして、剥いて、切って、皿に盛って、食べた。ネーブルは、近所のスーパーで買うのだが近頃、色がレモンみたいな色をしている。当然、甘みが足りない。なぜだろう。
輸入物だって、時期はあるのだろうな。

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2010年8月 5日 (木)

コスモス揺れる  

目の前の畑に、ピンク色のコスモスが咲いた。赤の強いピンク色だ。

シェーバーは、届いた。箱から出して、すぐ使えた。充電してから、箱詰めするのだろうか。切れ味は、新しい物だから、当然いい。音が静かだ。
今まで、使っていたシェーバーは、掃除機のような音を発し、朝に聞く音では、なかった。明日からは、静かな朝を過ごせる。


また、左足をスケッチしたが飽きた。腕を上げようという、不純な気持ちが入ると、いけない。
はっきし言って、今から、デッサンのトレーニングして、うまくなるわけない。

鉛筆画を楽しむ   と言う気持を大切にしよう。

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2010年8月 4日 (水)

ルソーになりたい

近頃、電気シェーバーの切れ味が悪くなったようなので、思わずアマゾンで、フィリップスのシェーバーを注文してしまった。買い物依存症の傾向あり。
いつでも、届く予定のある品物を待っていたい。

でも、シェーバーの切れ味が悪くなると、替え刃を買うということになるのだがこれが5千円もする。以前、使っていた電気シェーバーで、この替え刃を交換したとたん、バッテリーの寿命が来た。新品に買い替えた。
 
あす届く、フィリップスは、三つの刃が回転するタイプで、音も静かだそうだ。楽しみだ。

今宵も、局のエアコンを浴びて、静かに過ごした。引き続き、「風の中のマリア」を読み、左脚のデッサンをした。
デッサンなどと、構えず、楽しみたかったのだがゆうべ、デッサン講座のサイトを覗いてしまった。
参考には、なったが自分のデッサンの拙さは、よくわかった。

どうにもわからないのだ。高校生の頃、あの石膏デッサンをやりなさいと言われて、素直に、ほんものそっくりに描くぞ、と描いて、上手くなるような人がグレイトな芸術家になるということがどうにも、不思議だ。

ルソーは、デッサンの勉強をしていないが素晴らしい油絵を残した。油絵に関してだけ言えば、「ピカソの油絵かルソーの油絵か、好きな方をあげる。」と言われたら、私は、ピカソのゲルニカより、ルソーのジャングルの絵が欲しい。

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2010年8月 3日 (火)

静かな夜でした

夕食後から10時まで、局で過ごした。
自室にエアコンがないからだ。すると、夜が長い。「風の中のマリア」という本を読み、自分の足のスケッチを
繰り返す。

3Bの鉛筆で、描いていたがもう少し固い鉛筆を使おうと思う。固い鉛筆の方がたくさん、書き込めるからだ。けっこう、楽しい。楽しめるうちは、描こう。
「風の中のマリア」は、百田さんの本で、これもまた衝撃的だ。スズメバチの働き蜂を主人公にした物語だ。一匹の蜂の視点から、世界を見る。
彼女が自分たちの種族のことを少しずつ、知っていく。我が帝國と、自分の関係を考える。その過程が衝撃的だ。まだ、読んでいる途中だ。

こんなすごい作家が日本にいたとは、知らなかった。奥田英朗が日本で一番と思っていたが近頃、奥田さん、いまいちなんだな~。百田に乗り換えた。

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2010年8月 2日 (月)

からからから

扇風機を最強にしていると、部屋の中の壁に掛けた風鈴が鳴っていることに気づいた。

いつ買ったんだろう、この風鈴                        いつかの夏、買ったような

また、夏になったら、軒に掛けようと、その壁へ掛けた。


それっきり、いくつもの夏   をそこで過ごしてきた。


乾いた音は、温度を2度cくらいは、さげる。


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2010年8月 1日 (日)

山中のプール

仁科峠を下ったところに、国民宿舎があり、そこに温水プールがあることは、長いこと知っていた。
今日初めて、入ってみた。

屋外だった。夏だし、真水かなと思って、足を入れてみると、温水だった。塩ビ管で、お湯をプールに注いでいる。
温泉なのだ。
泳ぎにくいかなと思ったが30分ほど、休みながら泳いだが結構なお湯加減だった。

家族連れが二組、遊んでいた。両家とも知り合いらしく、楽しく騒いでいた。そこに、ひとりで入っていって、泳ぐというのも、良い度胸だと思ったがそれをやった。
海なら、一人で泳ぐのは、なおさら厳しいものがあるし、こんな、空いたプールで泳がなかったら、私が泳げる場所は、ない。

ともかく、これで、この夏は、一度は泳いだわけだ。めでたし。
しかし、泳ぐのは、最高に気分がいい。初め、固かった体がほぐれていくのがよく、わかる。自宅にプールがあったら、と思う。
このプールは、秋が狙い目かもしれない。きっと、ひとりで泳げるぞ。

バイクについては、前輪ブレーキを使う癖が右手についてきた。今まで、フットブレーキ、つまり後輪ブレーキばかり、使っていた。そのため、4年間で、二回も、後輪のブレーキパッドを替えた。前輪のパッドは、一度も替えていないのだ。

そして、50歳を過ぎて、バイクの場合、前輪ブレーキが主役だということに気づいた。結果、私のバイクの制動力は、飛躍的に向上するに至った。
パッドも前後均等に減れば、経済的だろうし、よかったよかった。

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