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2011年4月30日 (土)

経済と木彫り

朝、K氏を訪問。
Aquerius1


K氏、玄関の日本の白木の柱にサンダーをかけていた。なにやら、びしっと
それらしい格好をしていた。
スキーヤーがスキーヤーらしい格好をしているように、スノウボーダーがボーダー
らしい格好をしているようにだ。
格好を決める事は、重要だ。格好を決めると、いい仕事ができる。かつて、永世名人
大山康晴がテレビで、「将棋が強くなる為には、どうしたらいいでしょうか。」と聞かれて、
「まず、いい盤と駒を買うことですね。」と答えた。
これも、格好は重要だ、と言う意味に近いかもしれない。

K氏にコーヒーをご馳走になり、読みやすい経済学の本を借りた。私の興味は、
貯金の利子が上がるかどうかだ。
午後、「逆立ち」を彫った。彫れば彫るほど、気分が鬱屈したので、1時間経たずにやめた。
夜、彫ると調子が良く、脚を彫り始めると、やがて、彫るべき箇所が次々に見えてきて、
一息に90分、彫った。

天気は、天気予報ほど悪くなかった。風は、吹いた。

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2011年4月29日 (金)

西へ

Fuji_2

バイクで朝から、国1を西へ。
さすがに、伊豆半島一周は、飽きたようなので、きょうは、方角を変えてみた。
自転車に乗った親父がTシャツを着ているので、暖かい日和らしいことは、わかる。
でも、私は、完全な冬装備だ。

由比あたりまで行ったのだろうか。
海が間近の川の側で休んだ。海がそこにあるのに、川幅は、狭くて、小さな橋が
二つ架かっていた。その川上には、鉄橋が横切り、15分置きくらいに、電車が
渡った。その時だけ、大きな音がした。

景色は、初夏だった。そこから、引き返した。行きは、時々、旧東海道に入って来たが
帰りは、広い道だけを走った。爽快だが私のバイクで時速80キロ以上は、危ない。
そこを越えると、不安定になり、神経を使う。
富士のあたりで、スピード違反の取締りをやっていた。力一杯スピードを出せる道なので、
私も、飛ばしていた。が検挙されなかった。どこで、計測していたのだろう。
テントを三つも張って、盛んに切符を切っていた。お祭りのように、賑やかだった。

帰ると、玄関に生協の箱が積まれてあった。それを冷蔵庫に放り込んでから、寝た。
明日は、天気も良くないらしいし、木彫りをやろう。

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2011年4月27日 (水)

70%

お客様、ぼちぼちでんなあ。
Kaerimiti

午前中は、穏やかな陽射しの春だったが午後になると、風が吹いた。夕方になると、
降りそうな気配になった。
夕方6時からの降水確率は、70%だった。

それで、沼津へは、バイクで行くつもりだったが車にした。道は、すいていて、予定より、
早く着いた。雨は、降らなかったが風は、吹いていた。
それにしても、たまに車に乗ってみると、車の安定感とは、たいしたものだ。

待合室で、雑誌を開いた。ここに置いてある雑誌は、「ふくふく」とか言う、中高年向けの
雑誌だ。
超訳ニーチェとか言う本を紹介してあった。「どうせいずれ死ぬんだし、それまでは、朗らかに
生きよう。生きている今がチャンスなんだ。嘆くだの、吠えるなんてことは、オペラ役者に
任せておけばいい。」など、書いてあった。
ニーチェは、自殺したんだ。
だからと言って、その言葉は嘘では、ない。

帰り道は少し混んでいたが渋滞は、なかった。震災以来、交通量が減ったのかな。雨は
とうとう降らなかった。


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2011年4月26日 (火)

風と地震と経済

なぜか、午後になると風が吹く。
Tamanori

和尚に「春一番みたいなもんですかね。」と言うと、「う~ん、でももう春だからね。」
と答えた。
きょうは、けっこうお客さんが来た。国民健康保険料の払い込みが来た。これ、
うちで、出来たかどうか、しばらく考え込んでしまった。
できるんだ。できないのは、交通違反切符の払い込みと、国民年金の納付書だ。
国民健康保険と国民年金。紛らわしいとは、言える。
簡易局は、一人で、1から10までやるから、単純なことでも、忘れてしまったりする。
と、私は思う。

また、揺れてる。地震だよ。
震災復興の中で、インフレかデフレかとネットで少し、検索してみた。
基本的には、インフレらしい。
ただ、もともとデフレの経済だったから、デフレが解消する程度のインフレだという
記事を読んで、少し安心した。虎の子の貯金が気になるのだ。

復興資金が必要になれば、金利も上がるのだろうか。そうなれば、うちの商売は、繁盛
するだろう。
大学を出て、50歳も半ばになろうという男の経済知識がこんなもんだ。

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2011年4月24日 (日)

大学の悪夢

風が強かった。
午前と午後、木彫りをやった。「逆立ち2」だ。どうも、根が続かないがかなり進んだ。
いい感じに上がると思う。
U2

きょうは、U太が来た。来年、大学を受験するそうだ。理工系へ進むつもりでいるそうだ。
「それとも、現文にしようかな。」とも言う。
現文とは、現代文学の略だそうだ。私の頃は、現国、現代国語と言った。
Uは、理数系も好きだが勉強しなくてもすむ、現文の道も好きらしい。
180度違う道では、ないか。

私の大学進学は、親の進めもあり、法学部へ行った。5年間学校へ通っても、法律とは、
どういう学問なのか、わからなかった。
教科書を一通り、読んでも、試験では、わけのわからない問題が出る。教科書のどこに
書いてあったの?授業中、先生その話をした?
どこがわからないでは、なく、そもそも法学がなんなのか、ついにわからなかった。
ゼミとか言う物に入って、みんなで勉強すれば、進歩したらしい。そういう社会性が
当時すでに不足していた。
私の大学生活は、荒野で暮らす聖者のように、一人になることだった。でも、友達も
いたな。

実は、いまだに大学へ通っている夢を時々、見るのだ。これが暗い夢なのだ。中年が
若者に混じって、アパートに暮らしている。全財産の貯金通帳を持っていて、その
隠し場所に苦慮するのだ。
そして、学期末試験を受けに、学校へ行こうとするが道に迷って、辿りつかないのだ。
私にとって、大学は、暇な数年間をいただけるところで、そこで退屈しながら、本を読み、
泉谷のコンサートへ行ったり、ボクシングの試合を見にでかけたりするところだった。


現在から、逆算すれば、絶対美術学校へ行く。

大学は、楽しいところだ。俺が保証する。などと言った人がいたが向き不向きがあるのだろう。
Uは、身長が169.5cmになったそうだ。
もう5cmほしいと言った。

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2011年4月23日 (土)

苺のジャム

雨降りの土曜日。
Rakka3

K氏の家を訪問。いつもと変わらず在宅している。雨降りだから、畑仕事はできないからだろう。
見なくなったDVDをお土産に持っていったら、喜んでくれて、瓶詰めの手作りのイチゴジャムと
茹でた筍をくれた。
苺ジャムは、親戚でもらった苺から、K自身で、手作りしたそうだ。筍は、昨日、友人と山へ行って、
彫ってきたそうだ。

それから、原発の事など話した。新潮の記事から仕入れた、1号機が再臨界に達しているのかもしれない。
水蒸気爆発が起こったら、チェルノブイリと同じことになるらしい・・など、K氏に話した。
K氏は、インフレが起こるだろうと言う。
政府が原発被害の天文学的数字の賠償金を支払う為、輪転機を回して、お札をたくさん刷るだろうと、
言うのだ。聞いて、自分の全て定期貯金にしてある、乏しい老後の資金が心配になった。
金は現在、非常に高値だという。株も国債も投資信託も、国があってのものだ。今、この国は、どうなる
かわからない。どうしよう。

でも、こういう時代の状況で、インフレが起こるケースがあるのだろうか。インフレは、原則的に景気のいい
時に起こるもの。
いくら、巨額の賠償金の支払いに迫られたからと言って、輪転機回して、支払う。そこまで、短絡的なことは
しないのでは、と思う。国債を発行するなど、してなんとかしようとするのでは、ないか。

北関東から、東北の農業、漁業関連の人々が職を失い、南下して職を探すようになる。それに加えて、
震災と原発事故による、主幹産業のダメージを考えると、深刻な不況というのが自然な道だと思う。
だと、すればむしろ、デフレだろう。では、ないか、と思う。

夕方、「逆立ち2」を削った。伸び伸びと、楽しく行こう。楽しく行けそうだ。

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明日は雨降り

夜になり、雨が降りだした。
Hahaha5


あすは、木彫りをやっていよう。さっき、新潮の原発の記事を読んだら、「1号機は、おそらく
再臨界していて、そのうち水蒸気爆発を起こして、チェルノブイリみたいに、放射能を撒き散らす。
東京も重大な汚染を免れない。」など、恐ろしい事が書いてある。京大の准教授の意見だ。
そのあと、「再臨界には、なりえない。」「間もなく終息」など、楽観的な意見が続く。

原発の話は、楽観論と悲観論が交互に現われて、どっちを聞いても、ふむふむと納得してしまう。
専門的な話だから、内容は、半分もわからないのだが納得してしまう。
でも、放射能を放出してまで、原子炉のガス抜きをしたり、漁民への予告抜きで、汚染水を
海へ大量に放出してしまったり、かなり危ない橋を渡っているのは、事実なのだろう。
なんとか、頑張ってくれ。日本の技術者たちよ。

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2011年4月21日 (木)

雑誌を求めて

夕方、久しぶりのロードワークをした。
Suwatteir1u

家には、風が吹き付けるのだが川へ行ってみると、静かだ。走り始めると
やはり遅い。
水の中に水鳥が三羽泳いでいた。その後ろに、ピンク色の鯉が泳いでいた。
どちらも、流れに逆らって、泳いでいた。

ピンクの鯉の後ろに地味な普通の色をした鯉が七匹、泳いでいた。七匹まで、
数えたのだがもっといたのだろう。
あの川で、鯉を見たのは、初めてだ。どこから、何のためにやってきたのだろう。
狩野川の本流から、やってきたのだろうか。
今日は、川原の土手に人影は、なかった。

ジョギングの帰り道にローソンに寄り、文春を捜したがなかった。長岡駅前に本屋が
あったはずだ。今でも、やっているだろうか、と車を走らせた。
古本屋でもないのに、古色蒼然とした、小さな本屋で、高校生の頃、しばしば、その店で
エロ本を買った。エロ本を開いて眺めていると、隣に同じクラスの女の子が本を開いて
立っていて、焦った思い出がある。

それと、10年ほど前、この店の前に座って、幼い女の子が絵本か何かを読んでいたのが
妙に、記憶に残っている。おそらく、本屋の娘なのだろう。この子は、これから、大きくなって、
どこへ行くのだろう、と思った。

その本屋は、ちゃんと駅前にあった。駐車場がないから、素通りしたが以前より、こぎれいな
きちんとした本屋になっていたように見えた。
駅前には、駐車場があり、そこへ車を停めて、駅の売店へ行き、新潮を買った。文春を買う
つもりだったが新潮の「レベル7の機密情報」というタイトルに惹かれて、また新潮を買った。

福島原発の4基の今後については、かなりやばい予想も書かれていた。1号基が原子炉と
して、未だに稼動しているのは、確実なのだそうだ。これがとんでもないことらしい。

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2011年4月20日 (水)

座る男

お客さんは、きょう、10人に満たなかった。
Ramune

封入物内訳簿を完成させたという安堵感もあり、とりあえず、やる事もない
というんで、じっと椅子に座っていると、眠くなる。
便利で、スピーディな郵便局なんだ。使ってくれよー。「使ってください。」
と、市議会議員候補が演説していたっけ。

暇な時期は、ひたすら椅子に座っている。やる気のあるときは、自然と仕事を
みつけて、動くのだがそうでない時は、座っている。
一日、座っている。土日に何をしようかと思いながら、座っている。

昔、スキー場のリフトのアルバイトを10年もやっていた。あれも、ほとんど、座って
客の乗り降りを見ている仕事だ。
頂上監視は、弁当を持って上がり、監視小屋のなかで、一人で半日座る。私が監視していたリフトは、
当時でも旧式な、一人掛けのものだった。しかも木製。
霧の深い日は、もやの中から、空の搬器(椅子)がひとつずつ現れる。ひとつ、またひとつ、たまに
客が乗っている。乗っている客は、だらんと垂れた旗のように見えた。
眠くなるので、時々外へ出て、降り場をスコップで、平にならす。

そしてまた、座る。3時にスティック型の袋に入ったインスタントコーヒーの粉を湯のみに入れて
飲むのがかなり、楽しみだった。

つまり、俺の人生、ほとんど座っていたということだ。

それでも、今日、もう一度、証拠書の置き場所を整理したら、やばい書類がみつかった。と言っても
顧客情報を含んだ書類の束だ。一般の人にとっては、ひとつもやばそうには、見えないと思う。
が、こんなもの八州様にみつかったら、てえへんなことだ。
顧客情報とは、住所と名前が記されているということだ。これが大変なことなのだ。これは、民営化前に
自分で作った書類なので、帳簿に記録する必要もない。急いでシュレッダーの刑に処した。

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価格

なにやら、風が冷たい日だった。

局の証拠書の整理は、終わった。年度分の証拠書をその保存年月別に
袋に詰めて、番号を振り、それらを帳簿に記入するのだ。
こういう事が大好きな人には、いいだろうが・・・・

ま、やり終えれば、すっきりする。お目付け様の検閲を見るまでは、なんとも
言えないのだがまさか、全部やりなおしなさい、とまでは言わないだろう。

先日、「一週間、場所代一万円で、売れたら全部、あんたのもんだよ。」という
ギャラリーを見つけた。ほんと。けっこう、小ぎれい。

個展というものは、やったことがない。グループ展は、ある。売れたりしたことも
あった。でも、売れて、儲かったと思った事は、一度もない。
儲からないのは、労働に対して、値段が安いからだろう。でも、情けないことに
労働に見合う価格をつける勇気がない。

また、その価格をつけても、売れないと思う。木彫りは、儲からないと言い切って、
いいのでは、ないか。それでもやりたい人は、やればいいというものか、と思う。
でも、なかには、労働に見合う価格をピシリと付けて、堂々と商売している人もいるようだ。
労働に見合う価格では、なく、作品の価値に見合う価格を付けているのでしょう。

ところで、東北大震災の復興のニュースは、とっくに飽きたけれど、この頃は、
福島原発のニュースにも、飽きてしまった。
片付くまで、10年もかかるらしいのに、「きょうは、トンネルの汚染された水を
どうたらこうたら、」言われても、かわり映えしないです。
人でなしですね。ぼく。

今、興味を引かれるのは、災害で、職を失った人が東京、大阪の都市圏へ職を
求め始めているニュースだ。
震災と原発事故で、多くの人が職を失い、彼らは、南下するのだろう。

福島からの避難民が受け入れ先の茨城で、市当局に放射線濃度の検査をされた
というニュースは、ひどかった。SFを感じさせるね。
職の奪い合いになるのかな。

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2011年4月18日 (月)

新潮と文春

局のお客さんは、10人。
暇な雰囲気だ。振替が多かった。今月は、定額貯金が非常に少ない。
件数で稼ぎたいところだ。

あすから、お客さんの持ってきた仕事をとても、丁寧にやっているという
気持を重視してみたい。緊張感は、大切だということだ。
Ume3

先日、気まぐれに週間新潮を買ってきたら、おもしろかった。それを最近、新聞を読まなくなった母が
熱心に読んでいる。
父は、週間現代とか、三面記事だらけの雑誌を好むので、新潮は、ぺらぺら
めくってみただけだ。
父は、ほとんど一日、テレビを見ている。NHKでテレビ体操をやっていると、こたつに入ったまま、
両腕を振る。

新潮は、「60年代の米ソが花火みたいに、核実験をやっていたころの、世界の放射線量という
ものは、福島原発なんてもんじゃなかったさ~。それでも、みんな元気に大人になったじゃない。」
テな論調だ。

ネットで広告を見ると、文春は、「ったく冗談じゃねえぜ、福島よう。」と言う論調のようなので、
明日、買ってみることにする。

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2011年4月17日 (日)

朝もはよから

朝、8時半から、お昼までかけて、22年度の証拠書の整理を終えた。
あとは、封をするだけだ。
その他諸々が残った。これらをもう一度、見直してから、封をしてしまおう。

午後、バイクに乗った。峠を越えて、熱海へ出た。海沿いに南へ下り、伊東から、
十国峠を越えて、帰って来た。
桜は、散っていた。よく、葉桜というがあれは、なんのことだろう。少し、寒かった。
走っていて、それほど楽しいとは、思わない。飽きちまったんだろうか。
帰って、風呂に入った。
「逆立ち」は、夜なべ仕事でやろう。接地する部分の調整は、最後の最後まで、
いじらないこと。
T1

先週の金曜日、T氏が来た。大きなマスクをしていた。
白内障の手術は、うまくいったそうだ。「よく見えるでー」それまでは、片目で、
車の運転をしていたのだそうだ。死角から、自転車や人が現れると怖かったそうだ。
ついでに、10年前、胃癌になった時の話もした。第5層まで、進んだ癌だったそうで、医者が
「子供いるか?中学生と高校生?そんなら、もう1人前や。って、医者は気楽に言いまんなぁ。」
そんなところを、掻い潜って、この人は、今ここに平然と居る。

55歳を過ぎて、生きている人は、うんと運がいいのだ。
原発の話もした。壊れた時、ろくに直せもしない物なら、作る資格がないんだ、放射能の中で、
修理してくれる、鉄腕アトムみたいなロボットを作ってからにしろ、というところで、意見の
一致をみた。

今、巷では、福島原発の話は、禁句になっているような気がする。なぜだろう。

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2011年4月16日 (土)

どんな道にも、意味がある

Oreru


暑かった。

「逆立ち」の叩きをやった。今回の物は、頭を床につかず、両手だけで立つので、
台に固定しなければならないかもしれない。

夜、22年度の証拠書を整理した。これは、休みの日を使わないと、できないな。
夜の9時まで、やった。よく、急にこんなに、働く気になったもんだ。
いくらかでも、意欲があるのは、いいことだ。あすも、続きをやろう。

母は、近頃、お勝手にいて、途方に暮れてしまうらしい。適当にサポートしよう。
「どんな道にも、意味がある。」インドネシアの婦人の東北地震の被災者への言葉。

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2011年4月14日 (木)

摘3

Rousoku

午前中、郵便のお客さんが何名か来た。
貯金のお客さんは、少ない。振替ばかりだ。仕方なく、自分で
貯金をした。
通常貯金から、定額貯金へのワンオペ預入だ。たまに、やっておかないと、
やり方を忘れてしまうからね。
案の定、一度間違えた。この操作は、摘3を入れるタイミングが変則的なので、
とまどう。

私は、今、夜を極めて怠惰に過ごしている。テレビを見ながら、うとうとして、
11時になると、ストレッチをしてから、ブログを書いて、寝る。
朝、局へは、8時半までに入るようにしたい。

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2011年4月13日 (水)

ぱっと咲いて、

桜がパッと咲いて、散ってしまった。
Aruku


と、お客さんが言った。ところで、某所へファックス用紙を2500枚注文したら、
5000枚送ってきた。なのに、請求書は2500枚分のものだった。
こういうこともあるのだな。

局のお客様は、ぼちぼち来て頂いている。振替のお客さんがほとんどだ。
亡失による、通帳の再交付請求が一件あった。
印鑑も、なくしていると言うので、改印も兼ねる。すると、印鑑票も作るという
ことになる。
お客さんの前で、不機嫌な顔になってなかっただろうな。この手の仕事をやると、
事故(事務のミス)を起こしやすい。
でも、これを断って、「普通局へ言ってください。」とやると、お客さんは確実に
離れていく。

だいぶん、暖かくなった。週末は、バイクは、そこそこにして、「逆立ち」を彫ろう。

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2011年4月11日 (月)

石原さん、そうだよね

暖かくなった。
Usagi

人生、一難去って、また一難。と、T氏が言っていたなあ。心安らかな日々は、長持ちしない。
もう少し、強いメンタルを持てたらなあ。メンタルを補う物は、何か・・・・・

都知事に再戦された、石原さんは「少し、まずしくたっていいじゃない。
こんな自動販売機で一日中、飲み物をひやさなくったって、買って、自分の冷蔵庫で、冷やせば
いいじゃない。これを機に考え直そうよ。」
原発のことには、ふれていなかったが良い言葉だった。石原さんは、そんなに好きではなかったが
敬愛できそうだ。

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2011年4月10日 (日)

さいたさいた。さくらがさいた。

朝、県議選の投票をしてから、伊豆半島一周の旅にでた。どちらが当選しても
良いんだが社会の端には、しがみついとこうと、投票する。
Sakura1

桜が満開だった。純白にかすかにピンクを感じさせる花びらが鈴なりになり、
空に両手両足を広げていた。完全無欠の工芸品で、巨大なのに、
重さは、全くない。タージマハールのように。


3時に帰ったら、家には、誰もいなかった。じきに父母が帰って来て、父は、
「おかあさんに桜を見せに行って来たよ。」と言った。
何回か前の春に、80歳くらいの女性が二人、満開の桜並木の下を、ゆっくり
歩いているのを見た。
あの二人に花びらが舞い散っていた。

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2011年4月 9日 (土)

雨の中を床屋さんへ

朝から雨降り。
Amenotokoya

福島の事もあるので、傘を持って、車に乗り、床屋へ行った。
店の前の駐車スペースが埋まっていたので、小学校に車を停めて、
傘をさして床屋まで歩いた。

若い夫婦の店で、去年行ったら、奥さんが出産の為、御主人一人でやっていた。
その次、行ったら、「インフルエンザのため休業」の貼り紙がしてあった。
きょうは、奥さんもいた。
旦那さんが客の頭をカットし終えると、奥さんがドライヤーで、頭を掃除
していた。その合間に、奥に寝かせている赤ん坊の世話をしている。

旦那さんと、客との会話を聞いていると、3人目のこどもらしい。
少年ジャンプの「こちら亀有」をふたつ読むと、順番が来て、頭を
刈ってもらった。
1500円なのだ。ありがたい。こういう床屋には、地域のコミュニティーの
交流の場という雰囲気が少ないのがまた嬉しい。

一日、雨風が強かったので、「逆立ち」の叩きは、できなかった。局の中で、
叩きをやるのは、控えたいので、屋根付き駐車場でやるのだ。
で、寝転んで、ずっとテレビを見ていたら、飽きた。4時になって、局へ入り、
封入物内訳簿を作った。

少し、仕事をすると、気分はすっきりした。
風が止み、陽が射してきたので、「逆立ち2」を15分ほど、叩いた。

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暖かく、風が強かった。

サポートマネージャーのN氏が見えて、絞られた。

お客様は、散発的に、たぶん10人くらい、来てくれたと思う。郵便の
用の人が多く、貯金関係は、少なかった。

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2011年4月 7日 (木)

半袖シャツ

何日か前、日中に部屋の窓を開けた。
Matamo

今夜は、ストーブなしで、半袖シャツで、日記を書いている。春が来ているのだなあ。
今日の局のお客様は、10人足らずだった。
かなり、暇だった。オンラインで送られて来る「義務的掲示物」を指示通り、ファイルに
挿し込んだり、交換したりした。これは、ほとんど毎日やる。
本人確認の意味を説明した書類や、震災の募金をしている団体の一覧表だったり
する。
この青いファイルをお客様が開いてみているのを見たことは、まだない。はっきし言ってない。
あれは、局員が見る物だ。

馴染みのお客さんが交通違反の切符を一枚、持ってきた。25000円と、高額だった。
スピード違反だろう。
うちの局は、この違反切符に受領印を打つ権限がない。民営化前は、あったのだ。
で、これを三島の局へ郵送して、そこでハンコを打ってから、うちの局へ返送して
もらう。
それから、お客様へ、私の局から郵送するのだ。これは、ゴロをショートが捕って、セカンドへ
送球し、セカンドは、ランナーのスライディングをかわしながら、ファーストへ送球し、ファースト
が確実にその球を捕球して、初めて成立するダブルプレーのようなものだ。
うちの局でハンコを捺したほうがリスクは、少ない。ライトフライをイチローが捕るようなものだ。

ついでに言うと、この違反切符の代行処理の日締めの手続きがややこしい。自分で作った
虎の巻があるのだ。それに、証拠書の作り方や、端末機の操作の仕方が書いてある。
毎回、これを見ないと、できない。
たぶん、自分の局で、受け付けて、ハンコを捺しても、日締めの手数は、同じだと思う。
ハンコ捺させろよ~

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2011年4月 6日 (水)

夕方のチャンピオンロード

Hasiru5

夕方、走った。

風はなく、陽射しは、やわらかだった。歩いている人がいた。すれ違う時、会釈する。
走る道の向こうに鉄橋があり、そこを3両編成の電車が渡る。
電車は、登ってきて、鉄橋の真ん中から、下っていく。

橋に着くと、歩いて、両脚をストレッチする。橋を歩いて渡る。下を見ると、水面がキラキラ
している。
橋を渡りきると、すぐ走り始める。ぐずぐずしていると、ただ、歩いてしまう。
気持は、スピードを上げたがるのだが脚は、動いてくれない。手を速く、振ってみる。
脚は、精一杯それに応じる。影も、懸命に走っている。
前方から、耳の横までの景色を見ると、スピードが出ていない事がわかる。

次の橋の手前のベンチに、中年の夫婦が座って、歩くのか走るのか、靴の紐を締め
たりしている。「こんにちわ~」大声で言うと、笑顔で応じてくれた。

週末は、土曜日が雨で、日曜日が晴れらしい。土曜日が木彫りで、日曜日がツーリングだ。

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2011年4月 5日 (火)

秋田小町を10キロ

まだ、少し寒い。
Ryuu


お客さんは、ぼちぼち。
夕方、伊賀スーパーへお米を買いに行った。
秋田小町を買おうとしたら、秋田産の物と、福島産の物があり、福島産の方が
二割ほど安かったが迷わず、秋田産の物を買って来た。
どちらも同じなのにね。

春になったし、ぼちぼち、九州からの渡り鳥、T氏が現れるか、と期待している。しゃべり始めると
長くなる人だが懐かしい顔でもある。
「生きとったら、また来る。」と言ったのは4箇月前だった。大分で、白内障の手術をしてくると
言った。

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2011年4月 4日 (月)

動じやすい日々

4月のわりには、寒い。
Poncho

朝から、お客さんが次々に来てくれた。定額貯金の、お客さんもいた。その代わり、午後は、
静かだった。
事務ミスの通知が届いた。やれやれ、新年度早々・・・と思った。取り扱い年月日を見ると、
3月31日だった。22年度分にカウントされたわけだ。やれやれ・・・
公金受高報告書を名古屋へおくるべきところ、Tokyoに送ってしまったのだ。

夕方、「逆立ち」を、もう一度、バンドで加工した。これで、凡その形ができた。今度の逆立ちは、
ファンキーというか、ポップというか、女の子だし、華やかだ。色も塗る予定だ。
久々のヒット作になりそうだ。

花粉症は、若い人がなり易いと、近所の奥さんが言っていた。その方のお父さんは、若い頃、
花粉症だったが歳をとってからは、なんともなくなったそうだ。
歳をとって、新陳代謝が緩くなると、良いこともあるのだな。
俺の場合、なんか良くなったことがあると言う実感は、ない。花粉症は、もともとない。
頭の芯が鈍ったと言う実感はあるがそれによって、性格がおおらかになったとか、物事に
動じなくなったといった、実感も、他人からの評価もない。
むしろ、ますます、動じやすくなっている気がする。

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2011年4月 3日 (日)

逆立ち2をバンドソーで、切り抜いた。
今度は、女の子だ。12歳の予定が14歳になるかもしれない。楽しみだ。
Boca1

朝は、隣組のどぶ掃除をした。
新年度の組長さんが挨拶をされた。その後、ある方から、「組費の中から10万円ほど、
東北へ義捐金として送ったらどうでしょうかね。」という提案が為された。
「他の組の様子を見てからにしたらどうでしょう。」という声があがり、組長さんも、
「少し、様子をみて、私が判断します。」と、収めた。

私の場合は、簡易局の連合会が寄付金を募ったので、それに踏ん張った。簡易局でも、
津波に流された局が数局あったそうだ。福島にも、簡易局はあっただろうし、義援金は、
いくらあっても足りないだろう。
そう言いながら、もうこのくらいでいいだろう、と思っている自分がいる。

東北のダメージは、関東から西日本にも、大きな影響を与えるはずだ。計画停電くらいでは、
済まないのではないかと思う。
もうすでに、福島県からは、原発の難を逃れて、多くの人々が難民の如く、各地に移り住んでいる。
原発付近には、帰れる目途は、たたないから、その地で職を探し始めている。

福島県も茨城県も、たぶん栃木県も、産業としての農業は、壊滅した。政府が「このレベルなら、
充分食べられます。」と言ったって、現実は、誰も買わない。
この3県で、農業に携わっていた人達は、全員他に職を探さなければならない。多くの人々が
今後も、南下するのだと思う。

そうなったら、
私たちの生活も深刻な影響を受けるのでは、ないかと思う。
輸出される、日本の食品類は、全て拒否されるだろう。電力不足で、輸出する工業製品も、
受注をこなせないそうだ。

そうなると、工業立国としては、また原子力に頼るのだろうか。
少し、貧しい国になっても、原子力は、使いたくない。と、私は思う。

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2011年4月 1日 (金)

暖かくなってきた。

年度始めで、色々やることがあった。お客さんも、割合来た。久しぶりに
Mおばさんが来た。
いつものことで、塩煎餅を持ってきてくれた。去年、倒れた拍子に脚の骨を
折り、再手術までやり、いまだにリハビリを続けている。

それでも、杖もつかずに歩いている。うちの母と、年齢は同じくらいだ。
「東京の方では、米が品薄になっているそうですよ。」
「あら、ほんと?買い溜めしとこぅ。いいこと聞いたよ。」

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